
バイセクシャルとかいう一番オトクで一番迷子になるセクシャリティについて(前編)
こんにちは、おかきと申します。今回のブログは結構真面目な話となります。 かなり直接的な表現が入りますのでご留意を。 私自身、バイセクシャルという性を請け負って生まれてきたわけですが、自覚するまでにも葛藤があったり、今でも苦しんだりしております。 この記事はヘテロセクシュアル(俗に言うノーマル)の方に向けた記事ではなく、LGBTの当事者たちへのこういう意見もあるんだよという面のほうが大きいかもしれません。 LGBTの当事者だからといってLGBTに優しいというわけではないことにご留意していただければなと思います。 最初に言っておきますが、個人の意見になります。大層題名の主語が大きいですが私の話と思って見てくださいませ。
◯バイセクシャルについて
LGBTがかなり市民権を得た今、説明しなくてもいいと思いますが一応形式的に、
L:Lesbian(レズビアン)――女性に惹かれる女性。
G:Gay(ゲイ)――主に、男性に惹かれる男性を指す。
B:Bisexual(バイセクシャル)――複数の性別に惹かれる性的指向。
T:Transgender(トランスジェンダー)――出生時に割り当てられた性別と、自分が認識する性別が異なる人。
私はこの中の”バイ”(バイセクシャル)と呼ばれる人なのですが、つまりのところ男女両方好きになれるわけですね。 あらお得。 この他にもLGBTQ+ と呼ばれるように、クィアだったり、パンだったり、アセクシャル等色々あるわけですが、記事内では当事者であるバイのことを中心に記していきたいと思います。 関係ないですが私はLGBまでしか体系的には理解していません。LGBTQだったり+だったりするのは結構表現としては苦手な部類です。理由は後ほど
◯セクシャリティとの気づき。向き合い
私がバイだと気づいたのは、まず前兆としては小学五年生の時だったと思います。 今でも覚えていますが なすび屋 さん(https://www.youtube.com/@NASUBIYA )という方のYoutubeチャンネルが有るのですが、まぁどういうチャンネルかというとくっそムキムキの黒人アジア人が筋トレしたり肉体美をまとめているチャンネルなんですよね。
今でも覚えているのですが、それを見ているときに男性器が勃起していたんです。 それを見られるのも恥ずかしいですし、何故かそのチャンネルを見ているところを見られるのも恥ずかしかったんですね。家族共用のiPad上のYoutubeの検索履歴をよく消すようになったのを覚えています、齢11歳の筆者の気持ちは今の私でもわかりませんが。
▲向き合い
私がバイなんだなと気づいたのは時が経ちまして中2。齢14歳の筆者です。 この頃、男子諸君に何が起こるかというと俗に言う精通をします。つまり自慰行為をしだすわけですね。 なんでそんなときに気づいたかといいますと。
男体で自慰行為をしてたんですね。
一体何から性的興奮を得ているのかわからなかったと思います、当時の私は。 ただそこで私は、はっきり致しました。
普通の人ではないのだと。
している行為が普通の人ではないことは頭の中でわかっていた幼い筆者は、以外にも何も気にせず生活を過ごしていました。セクシャリティに関しての悩みなどその時一切なかったと思います。 むしろ、自分の行動の謎が解けたような気がしてました。 学校でも男女の裸体(男子は筋肉や顔、女子は胸等)に惹かれるのはなぜなんだろう、陸上部のムキムキの先輩の体を見てしまうのはなぜなんだろう。 そういう行動が絡まった糸がほどけていく感覚がしていました。
◯セクシャリティで悩み始める
本格的に悩み始めたのは大学生になってからですが、悩みの芽がでてきたのは高校二年生だった気がします。 わたくしは工業高校に所属しておりまして、男子94%女子6%位の比率でした。 ここが人生的には良くなかったのかもしれないと今思えば悔やまれますね。 たまに工業高校に行くとゲイになるとかいう人がいますが全くの迷信だと思っています。 「ゲイになる」のではなく、「自覚しやすくなる」だけ、だと勝手に思っています(ハナホジ) そういう論文も目を通してみましたが、サンプル数が小さかったり、自己申告制だったりとても信用できるものはなかったです。ざんねん。
さて、なぜ悩み始めたかというと将来のことを考え始めたからですね。そのときは正直ゲイなのかバイなのかも迷子になっていました。
趣味としてBL本も嗜みますが、現実は本のように簡単ではありません。運命の人なんて簡単には見つかりません。相手が同性なら尚更です。 将来のことを考え、世間体のことを考え、親族のことを考え、自分がどうしてたいかを考えると、吐き気がしてきそうでした。 当たり前ですが現代社会にとどまらず、動物での社会では雄と雌が交尾し、子どもを産み、個体数を確保するのが原則です。
そう考えると同性が好きなどという思想は邪魔でしかありません。今すぐにでも捨ててしまいたかったです。ですが、三つ子の魂百までというように変わることはほとんどないでしょう。 私の性格的になんども自殺というのがすぐ頭によぎってしまいます。親には何も言っておりませんが自殺未遂(行為自体はかわいいもの)を何度しようとしたかわかりません。 自分の存在価値というものがわからなくなってくるんですね、そんな者無くて良いかもしれませんが、私が居ることで誰も社会も幸せになれないという現実が本当に辛かったんですね。
そこで、ダーウィンのパラドックスという面白い説があるのですが、簡単に言うと「同性愛は子孫を残しにくいはずなのに、なぜ人間社会から消えずにずっと一定数存在し続けているのか」という進化生物学上の矛盾のことです。
これに対するひとつの仮説として、「性的拮抗選択説」というものがあります。簡単に言うと、同性愛の男性がいる家系では、その母方の女性親族(母親や叔母など)の出産数が多い傾向がある、という研究がイタリアの研究者(Camperio-Ciani)らによって報告されたんですね。
つまり「男性を同性愛にする遺伝子」が「女性の生殖能力を高める」という形で、間接的に遺伝子自体は生き残り続けているのではないか、という説明です。
正直、この話を知ったときは救われた気がしました。「自分の存在は生物学的に完全な無駄ではないのかもしれない」と。 結論から言うとこの研究はいくつも反例が出ています。残念ですね。また存在価値迷子状態です。 さぁ、今まで言っていませんでしたが私はゲイよりのバイです。わたしがヘテロよりであれば、また価値観は変わったのかなと思っています。
◯バイセクシャルとかいう一番迷子になる存在
さて、皆様。ここまで読んでみて、バイというのは結局悩まなくて良いような存在のようにも思えてくるかもしれません。 なぜなら異性が好きになれるのだから。 そうです。前述の悩みはすべて私が異性を好きになれば解決する話なのです。
そう簡単な問題で済めばこんな記事書いていません。
まずLGBTの中でもかなり異質ではあります。ゲイコミュニティの方からは「お前はいざとなったら女好きになればいいじゃん。」。 ヘテロサイドの方からは「どっちつかず。同性と浮気しそう。」。
ん~なかなかですね。 そう見られることもあります。 まぁ、なかなか手厳しいですよね。
なので毎回笑って流しています。
これは余談なのですがゲイの方はバイやヘテロと偽って女性と結婚し、子どもを育てる方も少ないようです。 私の知り合いにその方(妻子)と浮気をしている方がいらっしゃるのですが、なかなかおもしろい話ですよね。 お相手のことを本妻がいる方などヤジって言うこともあります。 浮気は悪いことだとは思いますが、妻子が欲しいというのは私は非常に気持がわかります。 これはなぜだかわかるでしょうか?
世間体と普通の幸せを手に入れたいからです。
事実として私は妻子が欲しいです。もっと深く言うと子どもがめちゃくちゃ欲しいです。 でもそうするとG寄りのBの私はある種「妥協」というものを挟まなければいけなくなります。 ここで重要なのはゲイの方は「偽り」であり、バイの方は「妥協」であるという点です。 語弊が生まれそうですね。
私は男性の方が好きです。 でも子どもも欲しい。 妻子がいる家庭にも憧れる。 男性と結婚したい気持ちと、父親になりたい気持ちが同時に存在している。 この二つは時々喧嘩をします。 これを妥協と呼ぶことに記事内ではします。
私たちバイというのは度々社会的幸せというものに揺れ動かされています。 そうして度々迷子になります。 普通というものに憧れ、憎んでいます。 良くわからないときもあります。 中二病というものがありますがファンタジーに憧れることもあります。 男体妊娠ができればこの気持ちはなかっただろうな。とかですかね。 ならいっそゲイだったらなぁとかも思ったりします。 きっとゲイ側もそう思うこともあると思います。
ないものねだりといいますが、あるにはあるからこそ悩むものもあるというのを理解できたら大きいですね。
前編はここまでとします。 後編では、まだ話してなかった「LGBまでしか理解できない理由」と、それでも今どう生きてるかについて書きます。
#雑記 #ライフスタイル #LGBT #バイセクシャル
著者:おかき(ユウ)